学校の体育の時間に、誰もが一度は全力で走ったことのある50メートル走。あの短い距離を、人類最速の男ウサイン・ボルトが走ったら一体何秒が出るのでしょうか?
実は、彼の代名詞である100メートルの世界記録「9秒58」の中には、50メートル地点の通過タイムもしっかりと記録されています。私たちが普段イメージする50メートル走と、世界の頂点が駆け抜ける50メートルは、まったく別の競技のように感じるかもしれません。
この記事では、ウサイン・ボルトの「50メートル」に焦点を当てて、その凄さや意外な事実を紐解いていきます。ただ速いだけではない、加速の秘密を一緒に見ていきましょう。
ウサイン・ボルトの50メートル通過タイムは?
まずは、一番気になる「数字」から見ていきましょう。ボルト選手が世界記録を出したとき、50メートル地点を何秒で通過していたのかご存知でしょうか。
実は、私たちが手動のストップウォッチで計る感覚とは少し違う、驚きのタイムが残されています。
1. 世界記録9秒58の時の50メートル地点
2009年のベルリン世界陸上で、ボルト選手が人類史上最速の「9秒58」を叩き出したレース。このとき、彼が50メートル地点を通過したタイムは「5秒47」でした。
これは、スタートの反応時間を含めたタイムです。運動会で「よーい、ドン!」で走り出し、瞬きしている間にゴールしてしまうような速さですね。
2. 公認記録としての「50メートル走」はあるの?
陸上競技には、屋外で行う公式種目としての「50メートル走」はありません。オリンピックや世界陸上で行われるのは、最短でも100メートルからです。
そのため、先ほどの「5秒47」という数字は、あくまで100メートルを走る途中の「通過タイム(スプリットタイム)」になります。もし彼が50メートルというゴールを目指して走っていたら、もう少し違ったタイムになっていたかもしれません。
3. 室内60メートル走のタイムから計算してみる
冬場などに行われる室内競技には「60メートル走」という種目があります。ボルト選手も過去に何度か走っていますが、実は60メートルまでの短距離は、彼にとって「得意だけど最強ではない」距離なんです。
それでも、60メートルを6秒31などで走る実力があります。ここから計算しても、やはり50メートルは5秒台半ばという驚異的なスピードであることがわかります。
一般男性やスポーツ万能な人と比べると?
「5秒47」と言われても、速すぎてピンとこないかもしれません。そこで、私たちが身近に感じるタイムと比較してみましょう。
日本人の平均的なタイムや、学校で一番速かったあの子と比べると、どれくらいの差があるのでしょうか。
1. 日本人男性の平均タイムとの差
一般的な日本人成人男性(20代〜30代)の50メートル走の平均タイムは、だいたい7秒台前半から半ばと言われています。運動不足気味の人なら、8秒かかることも珍しくありません。
ボルト選手との差は、およそ2秒です。「たった2秒?」と思うかもしれませんが、50メートルという短い距離での2秒差は、距離にすると絶望的なほどの開きになります。
2. 運動が得意な中高生と走ったらどうなる?
では、クラスで一番足が速かった陸上部の友達はどうでしょうか。運動神経抜群な男子高校生なら、6秒0から6秒2くらいで走る子がいます。
それでもボルト選手とは0.5秒以上の差があります。陸上競技において0.1秒の差は1メートルほどの差になると言われるので、これは「勝負にならない」レベルの違いです。
3. 「1秒の差」は距離にすると何メートル?
わかりやすく表にまとめてみましょう。ボルト選手がゴールした瞬間、他の人はどこにいるのでしょうか。
| 走る人 | 50mタイム | ボルトがゴールした時の位置 |
|---|---|---|
| ウサイン・ボルト | 5.47秒 | ゴール(50m地点) |
| 俊足の高校生 | 6.20秒 | ゴール手前 約6〜7m |
| 一般男性 | 7.50秒 | ゴール手前 約15〜16m |
一般男性がまだ35メートル付近を走っているときに、ボルト選手はもうゴールして水を飲んでいるかもしれません。同じ人間とは思えないスピード差ですね。
「スタートが遅い」という噂は本当?
ボルト選手についてよく耳にするのが、「彼は背が高いからスタートが苦手」という話です。実際のところはどうなのでしょうか。
データを見てみると、単に「遅い」とは言い切れない面白い事実が見えてきます。
1. 実際の反応速度(リアクションタイム)を見てみる
世界記録を出した時のボルト選手のリアクションタイム(ピストルが鳴ってから体が動くまでの時間)は、0.146秒でした。
これはトップ選手の中で飛び抜けて速いわけではありませんが、決して遅くもありません。平均的か、十分に速い反応速度です。「反応が鈍いから遅い」というわけではないのです。
2. 最初の数メートルだけなら勝てる選手もいる?
実は、スタート直後の10メートルから20メートルに限って言えば、ボルト選手よりも速い選手は存在します。身長が低く、回転数(ピッチ)の速い小柄な選手たちです。
小柄な選手は、体が小さいぶん、爆発的に最初の一歩を踏み出すのが得意です。ボルト選手が体を起こして加速に乗るまでのほんの一瞬だけは、彼らがリードする場面もよく見られます。
3. 背が高い選手特有のスタートの難しさ
身長196センチのボルト選手にとって、小さく屈んだクラウチングスタートの姿勢から、その長い体を折りたたんで飛び出すのは窮屈な作業です。
長い手足は、一度動き出せば大きな武器になりますが、静止状態から動かす最初の一瞬には大きなエネルギーが必要です。これが「スタートが苦手に見える」正体なのかもしれません。
なぜあんなに速く加速し続けられるの?
ボルト選手の真骨頂は、スタートの直後ではなく、そこからの「加速」にあります。なぜ彼は、他の選手が苦しくなる中盤以降に、あんなに伸びることができるのでしょうか。
ここには、トップアスリート特有の「スピードのカーブ」が関係しています。
1. スタート直後よりも中盤が速い不思議
私たちの感覚では、全力で飛び出したスタート直後が一番速い気がしますよね。でも実際は、スタートから徐々にスピードに乗り、中盤で最高速度に達します。
ボルト選手の場合、この「スピードに乗っていく区間」が他の選手よりも圧倒的に長いのです。多くの選手が早めにトップスピードを迎えてしまう中、彼はまだ加速し続けています。
2. ボルトが「本気」になるのは30メートル過ぎから
50メートル走のタイムである5秒47の内訳を見ると、30メートルを過ぎたあたりから、10メートルごとの通過タイムが「0.8秒台」に突入します。
まさにエンジン全開になるのがこのあたりです。もし50メートル走という競技があったとしても、ボルト選手にとっては「さあ、ここからだ!」というタイミングでゴールテープが来てしまうことになります。
3. 他の選手がバテる後半で伸びる理由
よく実況で「ボルトが出てきた!後半伸びる!」と言われますが、厳密には「後半にスピードが落ちていない」と言ったほうが正しいかもしれません。
人間がトップスピードを維持できる時間はほんの数秒です。他の選手が最高速度から減速していく中で、ボルト選手だけがトップスピードを長く維持しているため、相対的に「伸びている」ように見えるのです。
身長196センチが生み出すストライドの秘密
ボルト選手の走りを支えているのは、何と言ってもその規格外の体格です。特に「ストライド(歩幅)」の広さは、彼の最大の武器と言えます。
あの長い足で地面を蹴ると、一体どれくらい進んでいるのでしょうか。
1. ボルトは50メートルを何歩で走る?
100メートルを走る際、ボルト選手は約41歩でゴールします。これを単純に計算すると、50メートル地点までは約20歩から21歩で到達していることになります。
一般的な選手が100メートルを45歩前後で走ることを考えると、その歩数の少なさは異常です。少ない歩数でゴールできるということは、それだけエネルギーのロスも少ないと言えるでしょう。
2. 1歩で進む距離がリビングの広さくらいある
トップスピードに乗った時のボルト選手のストライドは、なんと2メートル75センチにも達します。
これは、6畳の部屋の長辺くらいの長さです。私たちが全力でジャンプしても届かないような距離を、彼はたった一歩で、しかも高速で走り抜けながら進んでしまうのです。
3. 足の回転(ピッチ)は意外と速いのか
「歩幅が広いなら、足の回転は遅いのでは?」と思うかもしれません。しかし、ここがボルト選手の恐ろしいところです。
彼はあの大柄な体で、小柄な選手とほとんど変わらない速さで足を回転させています。「巨大な歩幅」×「高速回転」。この掛け算が成立してしまったことが、人類最速の記録を生んだ最大の要因です。
ボルトの最高速度はどこで出る?
50メートル走のゴールライン付近で、ボルト選手のスピードはどうなっているのでしょうか。実は、50メートル地点こそが、彼が最も速く動いている瞬間でもあります。
彼が一番「ノっている」瞬間のスピードについて解説します。
1. 一番スピードが出ているのは何メートル地点?
詳細なデータ分析によると、ボルト選手の最高速度は60メートルから80メートル付近で記録されることが多いです。
つまり、50メートル地点というのは、まさに最高速度に到達する直前、あるいは到達した瞬間のスピードです。50メートル走のゴールテープを切るとき、彼はまだ加速の余韻の中にいるわけです。
2. 時速に換算すると車くらいの速さになる
彼の最高速度は、時速にすると約44.7キロメートルにもなります。
これは、街中を走る自動車のスピードとほぼ同じです。原付バイクの法定速度(時速30キロ)なら、余裕で追い抜いてしまう速さです。生身の人間がこの速度で動いていると考えると、衝撃的ですね。
3. ゴール直前で「流す」余裕が生まれるワケ
9秒58のレースでも見られましたが、ボルト選手はゴールの数メートル手前で横を見たり、胸を叩いたりすることがあります。
これは、50メートル過ぎで圧倒的な最高速度に達し、後続との差を決定的なものにしたからこそ生まれる余裕です。あのパフォーマンスは、前半から中盤にかけての完璧な加速があったからこそできる芸当なのです。
もしボルトが「50メートル走専門」だったら?
ここで一つの仮定をしてみましょう。「もしボルト選手が100メートルではなく、50メートル走の専門選手だったら?」。タイムはもっと縮まるのでしょうか。
短距離走のメカニズムから考えると、面白い可能性が見えてきます。
1. 100メートルの走り方とは何が違う?
100メートル走では、後半までスピードを維持するために、前半でエネルギーを使いすぎないような走りの構成を考えます。
しかし、もし50メートルで終わるなら、後のことは考えずに最初からフルパワーで爆発させることができます。呼吸法や力の入れ方も、よりアグレッシブなものに変わるはずです。
2. スタートダッシュだけに特化したらもっと速い?
「5秒47」という通過タイムは、あくまで100メートルを走り切るための通過点でした。もし50メートル専用のトレーニングをして、スタートの飛び出しに全てを賭けたなら、タイムはさらに縮まったでしょう。
おそらく、5秒3台、あるいはもっと速いタイムが出ていた可能性も十分にあります。
3. 歴史上の「スタート名人」たちとの比較
陸上界には、ベン・ジョンソンやモーリス・グリーン、最近ではクリスチャン・コールマンのように、スタートダッシュが異様に速い「ロケットスタート」の達人たちがいます。
60メートルまでの距離なら、彼らはボルト選手と互角か、それ以上の戦いを見せます。もし「50メートル走世界選手権」があったら、ボルト選手も彼らに勝つために、もっと筋骨隆々な「スタート特化型」の体つきになっていたかもしれませんね。
私たちの走りに活かせるヒントはある?
最後に、私たち一般人がボルト選手の走りから学べることはあるのでしょうか。「身長も筋肉も違うから無理」と諦めるのは早いです。
速く走るためのエッセンスは、意外とシンプルなところに隠されています。
1. 力まずにリラックスすることの大切さ
ボルト選手の走りをスローで見ると、顔の筋肉がブルブルと震えるほどリラックスしているのがわかります。
私たちは速く走ろうとすると、つい歯を食いしばり、肩に力が入ってしまいます。しかし、力みはブレーキになります。「速く走りたいときほど、顔と肩の力は抜く」。これは明日から使える最大のヒントです。
2. 背筋を伸ばした姿勢を真似してみよう
ボルト選手の姿勢は、頭のてっぺんから足先まで一本の軸が通ったように綺麗です。
猫背になったり、逆に反り腰になったりせず、お腹に力を入れて背筋をピンと伸ばす。これだけで、地面からの反発を効率よく前に進む力に変えることができます。良い姿勢は、速く走るための第一歩です。
3. 地面を強く蹴るより「弾む」イメージ
彼は地面を「蹴って」いるというより、ボールのように「弾んで」いるように見えませんか?
地面をベタベタと踏むのではなく、足が地面に着いた瞬間にポンと弾む感覚。この「バネ」の感覚を意識することで、足への負担を減らしながら、軽やかに前に進むことができるようになります。
まとめ
ウサイン・ボルト選手の50メートル通過タイム「5秒47」は、単なる通過点でありながら、人類の限界に挑んだ凄まじい記録でした。一般男性より2秒も速く、時速45キロ近いスピードで駆け抜けるその姿は、まさに雷(ライトニング・ボルト)そのものです。
彼の速さの秘密は、持って生まれた体格だけでなく、リラックスしたフォームや効率的な体の使い方にありました。次に運動会やジムで走る機会があれば、ぜひ「脱力」と「姿勢」を意識してみてください。世界最速の男の感覚が、ほんの少しかもしれませんが、味わえるはずです。

